P6290296

・・・・・

P6290295

・・・・・

P6290300

2017年3月
« 1月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

歴史

「創成川」

創成川は、札幌市中央区の幌平橋上流(南17条あたり)の豊平川から取水し、中島公園内の鴨々川に合流した後、ほぼ直線に札幌市内の都心部を北流し、石狩市との境界付近で伏籠川に合流、鴨々川より下流では創成川通り(国道5号・231号)が併走しています。

この創成川は、1866年(慶応2年)に、二宮尊徳の開墾の仕法を学んだ弟子の大友亀太郎が、幕府から派遣され、札幌村開墾に際して開削した用水路の「大友堀り」が前身となっています。当初の大友堀は、南3条付近から胆振川の水を引いて現在の創成川の流路で北6条付近まで流れ、そこから東に流路を変えて大友亀太郎の役宅(現・札幌村郷土記念館)の裏の御手作場(現・大友公園)で伏籠川に注いでいました。

大友堀の方角はほぼ南北を示し直進していたため、1869年(明治2年)、島義勇判官が大友堀を東西の起点として札幌のまちづくりを開始しました。

その後、1870年(明治3年)に、南3条から南6条までの上流部に吉田堀が、北6条以北の下流部に寺尾堀が掘られました。

1871年(明治4年)には、船が航行できるように拡張改修されて、同時に南1条の丸太を並べただけの名もない橋が手すりのついた長さ7.8mの木橋にかけ替えられ、岩村道俊判官により「創成橋」と名付けられました。

そしてその3年後、1874年(明治7年)に、「大友堀」が創成橋の下を流れる川と言うことで、「創成川」と名を改めました。

札幌の市街は、この「創成橋」の東のたもとを起点として、南北に創成通り、東西に渡島通り(南1条通り)を設けて東西南北に区画割りされたもので、「創成橋」が札幌の礎となっています。

・・・・・・・・・・

モニュメント

 復元「里程原標」

「札幌建設の地 碑」

「大友亀太郎像」

「創成橋 親柱」

「創成橋」の復元

「創成橋 車止め」

LINEで送る